2010年08月17日

「滝川いじめ裁判を支える会」会員になっていただいていた皆さまへ

 
みなさま、蒸し暑い日が続いていますが、お元気にお過ごしでしょうか。
うちの子の裁判ではたいへんお世話になりました。あらためてお礼を申しあげます。
ありがとうございました。

過日、支える会の役員をされた方たちが来宅され、友音の霊前にお参りをしていただき、支える会の余剰金をお供えしていただきました。

みなさまからいただいた浄財は、いじめによる子どもたちの、悲惨な事件の再発防止の一助となるよう、これからの講演活動の資金の一部として使わせていただこうと思っております。そうすることが、みなさまへのご恩や、うちの子の、無念の思いに報いることとなるのかと考えております。

暑さ厳しき折、ご自愛のほどお祈り申しあげます。
                                

 
松木敬子

                                   
木幡幸雄


posted by 支える会 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 遺族の方から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月07日

2005年 9月12日〜25日まで

時系列 9月12日以後の分



後日(07.1.17)叔父は、処分を受け総務部参事(参事とは、部下を持たない部長職)となった辰巳元教育部長に、市教委を通して質問書を送った。

質問書には、「なぜ、当該児童の脳波の検査日時や、医師の説明が行われる時間を知っていたのか? 市立病院の事務長は市役所職員と聞いたが、これと関係があるのでしょうか?」という趣旨であった。

辰巳参事からの答えは、「脳波の検査があるだろうと思い、‶山勘″で毎日病院に行っていた」というものであった。


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その後、母親は道に対し、松木友音の個人情報開示請求を行い、市教委から空知教育局へ送られていた大量のFAXのコピーを入手した。(08.3.4)その中の、9月12日分には、「教育部長は病院から戻り報告した。『松木さんの容態を関係者に内々で聞いたところ、ただいま脳波の検査を行っており、夕方に結果が出る』とのこと。教育部長は時間を見計らい、再度病院に行く予定」と記載されていた。

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平成17年 9月15日(木)

叔父たちは前日、ICUで看護師さんから、「友音さんの鞄を預かっています」との校長からの伝言メモを渡されていた。叔父は自宅に戻った際、校長に電話で都合を尋ねて学校に行き、残されていた友音のカバンを受け取った。その後、校長の案内で、閉鎖された教室に行き、当時の状況説明を受け、取り残されたOHPの取り付け部分などを持参したデジカメで写した。

その後、叔父は校長から、「誰かからの手紙」を預かっていると言われ、叔父は迷ったが匿名の手紙は受け取らない方がよいと思い断わった。

その後、叔父は校長に、「同級生とその父母を集めて、その前で友音の遺書を読み上げたい。いじめた子どもたちは心から反省し、謝罪をしてほしい。それで私たちは何とか納めたいと思います」と述べると、校長は、「必ずやります」と言って、応じた。

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平成17年 9月23日(金)

母親と叔父は毎日、友音に付き添うため談話室で待機していた。ICU内の都合がつく度に看護師さんが迎えに来られ、短時間の面会を何度も繰り返していた。

この日、叔父は病院から自宅に戻った後、学校に行き、校長・教頭から、友音の上靴や習字、工作物などの、残されていた展示品を返してもらった。

叔父は校長に、「友音の遺書を、同級生とその父母の前で読み上げる日はいつになるのか」と尋ねたが、校長は、「10月にでも…再来週あたり」などと言葉を濁らせるばかりではっきりしない。

叔父は校長に、「いつまでも待てない。来週早々にでも行いたい。可否の返事は、明後日(日曜日)夜までに、拙宅の留守電に入れるように!」と申し入れをした。

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平成17年 9月25日(日)

夜、叔父が病院から自宅に戻ると、校長からの留守電が入っていた。その内容は昨日と同じで、「私と、木幡さんと、教育委員会とで、公表の仕方についてご相談したい、ということになっておりますのでお電話を下さい」とのメッセージである。叔父は、「遺書を、同級生と保護者の前で読み上げさせてほしい」と言っただけなのに、なぜ校長は私の趣旨を歪曲して、‶遺書の公表の仕方″などと言わなくてはならないのか?

遺書の表書きには、「私が死んだら読んでください」と書かれており、友音はいまも病院で頑張っているというのに、遺書を公表するなど、とても考えられない。ましてや、学校・市教委と、遺書の公表について相談するなどあり得ない!

叔父は、市教委の都合をそのまま伝えているであろう校長たちに対し、怒りと不信感を新たにした。



文責 木幡幸雄
posted by 支える会 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件の経緯 時系列 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

支える会・残金を友音さんの祭壇へ

全国の皆さんから、いただいていた支える会への支援金につきましては、残金の46,689円を友音さんのご家族にお渡しすることになっていました。

直接、お供えさせて欲しいと思っていたのですが、なかなかお伺いできず、遅くなりました。

8月1日にやっと、友音さんに手を合わせてきました。

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支える会のメンバーのSさんが代表で木幡さんわたしました。お母さんの松木さんは、写っていませんけれど、友音さんが好きだったアニメの話しをしてくれました。「フルーツバスケット」が好きだったって。

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受け取ってくださる木幡さん

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友音さんが幼稚園の頃の写真だそうです。祭壇は、友音さんが好きだったものとか、かわいらしい猫の置物やぬいぐるみでいっぱいでした。

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友音さんが暮らしていた家です。ここから、友音さんは毎日学校に通っていたんだと思うと、切ない気持ちになりました。

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文責 谷口由美子
posted by 支える会 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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